サインバルタの有効成分は「デュロキセチン」

サインバルタの有効成分は「デュロキセチン」です (1)。

数多く存在するうつ病治療の中で「セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害剤 (SNRI)」に分類される薬で、脳の神経伝達物質(脳の神経細胞同士の情報のやり取りに必要な物質)である「セロトニン」と「ノルアドレナリン」を増やすことにより、うつ病を改善させていく薬です。

うつ病を改善させる効果を持つ「サインバルタ(デュロキセチン)」の作用メカニズム

神経伝達物質の働きについて

脳をはじめとした神経は、「ニューロン (神経細胞)」という細胞が集まってできていことをご存知でしょうか?
私たちが味を感じたり、音を聞くことが出来ているのは、外部から受け取った様々な刺激や情報が電気信号として、このニューロンを伝って脳に届けられているからなのです。

ニューロン(神経細胞)は、鉄道の線路のように、いくつも連結され、1本の神経を作り上げています。そして、連結している2つのニューロンは、ピッタリくっついているわけではなく、少し隙間があいて繋がっています。この隙間のことを「シナプス」と呼びます。

神経を伝わっていく電気信号は、ニューロンから次のニューロンへと、バケツリレーのように伝えられていきます。しかし、ニューロン同士の間にはシナプスという隙間があるので、直接電気信号を伝えることができません。

そこで、電気信号を次のニューロンに伝えるために、ニューロンの末端から化学物質をシナプス内に放出します。
このニューロン末端から放出される化学物質を「神経伝達物質」と呼びます。先ほど紹介した、セロトニンやノルアドレナリンは、精神活動や気分のバランスを担う神経伝達物質です。

ニューロンからシナプス内に放出された神経伝達物質が、次のニューロンに届くことで、電気信号が伝達されていきます。つまり、セロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質は、神経の電気信号を伝える橋渡しの役目を担っているのです。
わかりやすく例えると、神経伝達物質は、ニューロンからニューロンへと情報を伝える手紙のような存在といえます。

うつ病では神経伝達物質に変化が生じている?

うつ病では、脳の働きに変化が生じていることは御存知でしょうか?

数々の研究により、うつ病の人の脳内では、先ほど紹介したセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質に変化が生じていることが分かってきました。

もっとも古い学説では、脳においてこうした神経伝達物質の量が減ることがうつ病の原因ではないかとされていました (2)。神経伝達物質の量が減るということは、ニューロン同士でやり取りをする際の手紙の数が減ることを意味します。
手紙が減ると、受け取れる情報が減ります。それと同じで、脳に伝達できる電気信号が減ってしまいます。
つまり、神経伝達物質の減少が電気信号の減少に繋がり、電気信号の減少がうつ病における気分の変化などを起こすと考えられていました。

しかし、後の研究により、どうもこれだけでは説明がつかないことが明らかになりました。そこで、後に台頭してきたのは次のような仮説です。

先ほど、神経伝達物質を手紙に例えましたが、これを受けとる側のニューロンには、専用の受け取り窓口、つまりポストのようなものがあります。これを「レセプター」と呼ぶのですが、うつ病ではレセプターのはたらきが過剰になっており、これが症状に関係するというものです。
つまり、神経伝達物質という手紙を受け取るポストの役割を果たす、レセプターが頑張り過ぎていることがうつ病の原因の一部ではないか、というのが新しい仮説です。

まとめると、うつ病では、脳内の「セロトニン」「ノルアドレナリン」などの神経伝達物質の量が減っており、ニューロンにしてみれば、情報を伝えてくれる手紙の量が減ったので、神経伝達物質を受け取るレセプターの働きを活発にして、近くに手紙がやってきたら、無理をしてでもこれをポスト(レセプター)中に入れさせようとしている状況が起こっているといえます。
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サインバルタ(デュロキセチン)は、シナプスの神経伝達物質量を増やす

さて、ではなぜサインバルタ(デュロキセチン)がうつ病に効果があるのか、という本題に入っていきましょう。

レセプターのはたらきがおかしくなったのは、もとをただせばシナプスにおける神経伝達物質(手紙)の量が減ったことが原因でした。だからこそ、少しの伝達物質も逃すまい、とレセプター(ポスト)は過剰に意気込む必要があるわけです。

この状況を解決するには、当然ながらシナプスの神経伝達物質の量を増やしてやればよいことになります。「じゃあ、神経伝達物質を薬にすればいいじゃないか」と思うかもしれませんが、残念ながら神経伝達物質そのものを口から飲んでも、脳に届くことはないので、これは解決策になりません。

では、どうするか。実は、シナプスに放出された神経伝達物質は、すべてが次のニューロンのレセプターに受け取られるわけではありません。その一部は、放出された元のニューロンに回収されてしまいます。

これを手紙で例えるなら、手紙を郵便ポストに入れたのに (=シナプスに神経伝達物質が放出されたのに)、宛先に届かずそのまま送り主に返送されるようなものです。郵便においては、宛先の住所を間違えたり、切手を貼り忘れたときにこうなりますが、神経伝達物質では、特別な原因がなくても、一定の確率でこうしたことが起こります。
このように、神経伝達物質が次のニューロンに届かず、元のニューロンに回収される現象を「再取り込み」と呼びます。これが起こると、手紙が届かないのと同じで、次のニューロンに情報が伝わりにくくなります。もちろん、再取り込みは正常なニューロンのはらたきの一部なのですが、度が過ぎると情報の伝達を邪魔してしまうということです。

サインバルタ (デュロキセチン) は、この再取り込みを起こりにくくすることで、シナプスにおける神経伝達物質の量を増やします。その結果、レセプターが過剰にはたらく必要性がなくなりますから、うつ病の症状が改善する仕組みです。

実は、抗うつ薬のほとんどは神経伝達物質の再取り込みを起こりにくくする作用を、共通して持っています。ただし、神経伝達物質にもたくさん種類があるため、薬の種類によってどこに作用して、どの神経伝達物質の再取り込みを起こりにくくするのかが異なっています。

サインバルタ (デュロキセチン) は「セロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)」に属すると冒頭で述べました。SNRIの意味は、名前の通り、セロトニンとノルアドレナリンという神経伝達物質の再取り込みに影響する薬、という意味です。
つまり、サインバルタは、「セロトニン」と「ノルアドレナリン」の再取り込みを起こりにくくして、シナプス内のセロトニンとノルアドレリンの量を増やす作用のあるくすりということです。

サインバルタ(デュロキセチン)は、うつ病以外にも使用される

もともと「サインバルタ」は、うつ病の治療薬として開発された薬ですが、その後の調査や研究で、うつ病以外にも痛み止めとしての効果があることが分かり、サインバルタを治療として使用できる病気の範囲が広がりました。

2017年2月現在、サインバルタの適応症は、次の通りとなっています (1)。

●うつ病・うつ状態
●次の疾患に伴う疼痛:糖尿病性神経障害、線維筋痛症、慢性腰痛症、変形性関節症

「適応症」とは、簡単にいえば保険上、薬の使用が認められた病気や症状のことです。

先ほど説明した、神経伝達物質の再取り込みを邪魔する作用は、広くいえば神経の情報伝達を調整することになります。ニューロンを通した電気信号は、私たちの五感に関係していることはすでに述べました。
痛みに関しても同様で、痛み刺激が電気信号として神経を伝わり、脳に届けられ、「痛み」を感じます。
セロトニン・ノルアドレナリンは、脳から脊髄、手先足先に向かう痛みを抑える神経(下行性疼痛抑制系神経)の働きを活発にする作用があります。
つまり、サインバルタによって、セロトニン・ノルアドレナリンの再取り込みが邪魔され、シナプス内のセロトニン・ノルアドレナリンの量が増えると、痛みが和らぐというわけです。
実際、サインバルタは、痛み止めとしても使用されており、痛みが緩和されたという報告があります。

サインバルタ(デュロキセチン)の薬価

現在、販売されているのは次の2つの製品です (括弧内は薬価) (3)。

●サインバルタカプセル20mg (173.5円)
●サインバルタカプセル30mg (235.3円)

いずれもジェネリック医薬品はまだ発売されていません。

サインバルタの疾患別効果について

うつ病

抗うつ薬は、サインバルタの他にもたくさんありますが、他の抗うつ薬と比較して特別効果が優れていると証明されている薬は今のところなく (4, 5)、抗うつ薬は、どの薬も効果の面では横並びと言えます。
また、どの抗うつ薬も、量を増やせばそれなりに効果が増大しますし、逆に減らせば効果も低下します。
したがって、どの薬が使われているから、うつ病が重症・軽症など病気の重症度判定はできません。

医療者によっては、経験的に抗うつ薬ごとに効果の高い症状その他が異なることを感じているケースもあるようです。しかし、どういった症状に対してどの薬がより効果的なのかは、現状では一般化できるほどのデータがないのが実際のところです。

一方で、副作用については薬の種類によって、比較的明確にプロフィールが異なっています。サインバルタ (デュロキセチン) を含めたSNRIに特徴的な副作用に「尿閉」があります (6)。これは、膀胱に尿が溜まっているのに、排尿することができなくなることで、患者さんにとってはかなりつらい副作用といえます。

例えば、もともと前立腺肥大症がある方などは、尿閉のリスクも高くなりますから、こうした人には他の抗うつ薬の方が適しているでしょう。

このように、患者さんの症状や持病、年齢や身体機能などを総合的に考慮して、使う抗うつ薬を決めるのが実情です。

糖尿病性神経障害

糖尿病性神経障害とは、糖尿病の合併症の1つで、手足のしびれや痛みを起こす病気です。日本とアメリカの糖尿病学会が作成したガイドラインにも、サインバルタ (デュロキセチン) が記載されるようになったように、最近では比較的ポピュラーな治療法になりつつあります (7, 8)。

効果のほどは、以前から使用されていた「アミトリプチリン」という薬と同じくらいのようです (9)。症状の軽減効果はあるものの、痛みをまったくゼロにすることはできないので、あくまでも対症療法であることは意識しておく必要があります。 (10)。

この病気のもっとも確実な対処法は、血糖値をうまくコントロールすることです (7)。薬による痛み止めは、あくまでも一時的な治療です。

線維筋痛症

この病気でも、先ほど紹介したサインバルタ(デュロキセチン)と似た効果を持つ「アミトリプチリン」という薬が、対症療法として使用されます。2つの薬を比較した試験が行われていますが、効果は同じくらいか、デュロキセチンで若干低め、という程度でした (11)。

具体的には、痛みが取れたり、睡眠の質が良くなったりする効果が期待されます (11)。線維筋痛症に対する有効性は、デュロキセチン以外のSNRI(※)でも報告されています (11, 12)。
※復習:SNRIはデュロキセチンが所属する薬のグループ

現在、日本で適応症を持つのはデュロキセチンだけですが、将来的に他のSNRIも使用できるようになる可能性はあるでしょう。

慢性腰痛症

2016年の3月にサインバルタの使用が認められた疾患です(13)。

まだ使用実績が少ないので、何ともいえない部分も多いのですが、臨床試験の成績を見る限り、疼痛緩和効果が期待できるようです (14)。今後のデータ蓄積に期待したいところです。

変形性関節症

2016年12月にサインバルタの使用が認められた疾患です(13)。

これまた使用実績が少ないので、十分なデータは蓄積されていないものの、海外での試験結果では一定の疼痛緩和効果が認められ、その程度はこれまで使用されていた痛み止めと同じくらいのようです (15)。

サインバルタ(デュロキセチン)の副作用について

一般的な副作用

先ほど、デュロキセチンの副作用の代表例として尿閉を挙げましたが、このほかに比較的多いのは、以下のようなものです。

●吐き気
●眠気
●便秘
●頭痛
●口の渇き

頻度は、報告によってばらつきがあり、20-30%程度というものもあれば (1)、10%少々というものもあります (10)。
こうした差異は、調査した患者集団の性質の違いや、使用された薬の量や期間の違いにより通常生じるものですが、いずれにせよ他の抗うつ薬と比較して極端に高くない発生頻度です。

離脱症状(薬を減量もしくは中止した時に生じる症状)

脳内の神経伝達物質に影響する薬はたいていそうですが、デュロキセチンも離脱症状を起こします。具体的に、離脱症状では次のような症状が起こりやすいです(13)。

●不安
●焦り
●興奮
●めまい

基本的に、離脱症状は薬を「急に」中止することで起こるものです。逆にいえば、徐々に量を減らすことでリスクを低減できますから、症状が落ち着いて薬を減らす段階になっても、量は少しずつ調整する必要があります。

まとめ

■サインバルタの有効成分は「デュロキセチン」である
■シナプス内のセロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを阻害する作用を持つ
■もとはうつ病の治療薬として開発されたが、神経障害による痛みにも使用される
■効果自体は、これまで使用されていた薬と比較して、劇的に高いというわけではない
■抗うつ薬は、その種類によって起きやすい副作用が異なる

参考文献

(1) サインバルタカプセル 添付文書 日本イーライリリー株式会社
(2) FREIS ED, N Engl J Med. 1954 Dec 16;251(25):1006-8. PMID: 13214379
(3) 薬価基準点数早見表平成28年4月版 じほう
(4) 日本うつ病学会治療ガイドラン 日本うつ病学会治療ガイドラン Ⅱ.うつ病(DSM -5)/ 大うつ病性障害 2016
(5) Hansen R, et al. Psychiatr Serv. 2008 Oct;59(10):1121-30. PMID: 18832497
(6) Jost W, et al. Clin Auton Res. 2004 Aug;14(4):220-7. PMID: 15316838
(7) 日本糖尿病学会 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013
(8) American Diabetes Association, Diabetes Care. 2014 Jan;37 Suppl 1:S14-80. PMID: 24357209
(9) Kaur H, et al. Diabetes Care. 2011 Apr;34(4):818-22. PMID: 21355098
(10) Yasuda H, et al. J Diabetes Investig. 2016 Jan;7(1):100-8. PMID: 26816607
(11) Hauser W, et al. Rheumatology (Oxford). 2011 Mar;50(3):532-43. PMID: 21078630
(12) Hauser W, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2013 Jan 31;(1):CD010292. PMID: 23440848
(13) サインバルタカプセル インタビューフォーム 日本イーライリリー株式会社
(14) Schukro RP, et al. Anesthesiology. 2016 Jan;124(1):150-8. PMID: 26517858
(15) Myers J, et al. BMC Musculoskelet Disord. 2014 Mar 11;15:76. PMID: 24618328
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