アバスチンとは?

アバスチンは大腸がんや非小細胞肺がんの治療に用いる注射薬です。

有効成分はベバシズマブ

アバスチンに含まれる有効成分は「ベバシズマブ」と言います。これは、「血管内皮細胞増殖因子 (VEGF)」と結合する抗体を人工的に薬にしたものです (1)。

「抗体」とは、免疫を担当する物質の一種で、病原体の表面にある物質などにくっついて、これを排除する機能を持ったタンパク質です。つまり、抗体がくっついた物質は、その機能が失われたり、弱くなったりするのです。

ベバシズマブはVEGFの機能を邪魔する薬

したがって、ベバシズマブはVEGFの機能を邪魔する薬です。
では、このVEGFとは一体どのような働きをするものなのでしょうか。

VEGFとは?

VEGFはがん細胞の成長に必要な糖タンパク質

専門的に言えば、VEGFはがん細胞の成長に必須な、脈管形成と血管新生に関与する糖タンパク質です (2)。

これでは何のことかわからないでしょうから、もう少し噛み砕いて説明します。
細胞が生きていくうえで、血液が必ず必要であることはご存知だと思います。血液によって、細胞に必要な酸素や栄養が供給されるからです。

これまたご存知の通り、がん細胞は無限の増殖能力をもっています。しかし、がん細胞とて、血液による酸素と栄養の補給なしには生きていくことはできません。

しかも、がん細胞は常に大きくなろうとする性質がありますから、必要とする酸素や栄養も加速度的に増えていきます。こうなると、あるところで既存の血管だけでは足りなくなります。

そこで、がん細胞は、自分に必要な血管を新しく作り出す機能を持った物質を分泌します。これがVEGFです。現在では、様々な種類のがん細胞が、VEGFを分泌することができることが分かっており、例えば胃がん、大腸がん、肺がんなどで発見されています (3-5)。

VEGFのはたらきを道路工事に例えて解説

道路工事を考えてみてください。
その建設は大きく分けて、

1. これまで道路がなかった場所に、ゼロから作る
2. すでに出来上がった道路を延長する
の2通りがあることが分かると思います。これは、血管を作る場合にもそのまま当てはまり、1を「脈管形成」と、2を「血管新生」と呼びます。

つまり、
●脈管形成:これまで血管がなかった部位に、新しく血管を作る
●血管新生:すでにある血管を延長したり、枝分かれを作ったりする

と言うことで、VEGFはこの両方において重要なはたらきをしています。

アバスチンの効果と使い方

アバスチンは、点滴として使用する薬で、通常は2-3週の間隔で投与を行います。

ここまで読み進めてきた方はすでにお気づきと思いますが、アバスチン自体に、がん細胞を壊す効果はありません。

したがって、アバスチンを単独で使用することはまずなく、たいていはがん細胞を直接壊す効果を持った、他の抗がん剤と併用することになります。

アバスチンが効果を発揮する病気6種類

2016年8月現在で、承認されている適応症は以下の通りです (1)。

●結腸・直腸がん (切除不可能な進行・再発のもの)
●非小細胞肺がん (扁平上皮がんを除く、手術不可能な進行・再発のもの)
●卵巣がん
●子宮頸がん (進行または再発したもの)
●乳がん (手術不可能または進行したもの)
●悪性神経膠腫

これらに対して、これまで行われてきた治療法にアバスチンを上乗せすることで、効果をよくするのが、基本的な使い方です。

例外として、最後の挙げた「悪性神経膠腫 (グリオーマ)」と言う病気では、再発した際にアバスチンを単独使用した場合の有効性が知られています (6)。

アバスチンの効果の例

効果の一例として、肺がん治療に対してアバスチンを上乗せした場合、しなかった場合と比較して、がんが進行せずに安定した状態にある期間 (これを「無増悪生存期間」と呼びます) が、2か月半ほど延長する、と言う臨床試験の結果があります (7)。

これだと、やや効果が心もとなく感じるかもしれませんが、この後述べる副作用などを加味して、使うかどうかを決めることになります。

アバスチンの副作用

アバスチンのように、がんや身体に存在する特定の物質 (分子) にピンポイントで作用する薬を「分子標的薬」と呼びます。分子標的薬は、アバスチン以外にもたくさんの種類がありますが、これらは副作用にも特徴があります。

抗がん剤の副作用と聞けば、たいていは脱毛・吐き気・白血球減少などを思い浮かべることでしょう。

しかし、これらはいわば「古典的な」抗がん剤にありがちな副作用で、比較的歴史の浅い分子標的薬は、これらの頻度は少ない傾向にあります。その代わりに、分子標的薬は個々に特徴的な副作用を持つことが多いのです。

アバスチンの場合、特徴的な副作用は、以下のようなものです。

① 消化管穿孔(しょうかかんせんこう)
② 高血圧
③ショック・アナフィラキシー

このうち、消化管穿孔はまれではあるものの、死亡例も報告されている点で重要です (1)。
そこで、この副作用について、少し詳しく紹介します。

消化管穿孔(しょうかかんせんこう)は全体の1%程度に起こる

「穿孔」とは「せんこう」と読み、読んで字のごとく「穴が開く」ことを意味します。つまり、消化管に穴が開くのです。

症状としては、急激な腹痛を自覚することが多く、放置すると腹膜炎や敗血症を来し、命にかかわる病気です。アバスチンの使用により、この消化管穿孔のリスクが高まると知られています (1)。

ともあれ、発症率自体は、それほど高いものではありません。種々の報告がありますが、その確率はアバスチン使用者全体のおよそ1%程度です (1, 8, 9)。

しかし、この数字はがんの種類や、アバスチンの投与量によってかなり差があるようです。ご想像の通り、たくさん投与すればするほど、リスクは上昇します (8)。

発症した場合、すぐさま適切な治療を受ける必要があるので、アバスチンの投与を受けている間は、この副作用について意識しておいた方が良いでしょう。

まとめ

■アバスチンは「ベバシズマブ」と言う有効成分を含む抗がん剤である
■がん細胞に必要な血管を作り出すのに重要な「VEGF」の機能を阻害する
■単独で使用することはまれで、他の抗がん剤と併用してその効果を高めるのが基本である
■副作用として、消化管穿孔や高血圧が特徴的である

参考文献

(1) アバスチン点滴静注用 添付文書 中外製薬株式会社
(2) Ruiz de Almodovar C, et al. Role and therapeutic potential of VEGF in the nervous system. Physiol Rev. 2009 Apr;89(2):607-48. PMID: 19342615
(3) Maeda K, et al. Prognostic value of vascular endothelial growth factor expression in gastric carcinoma. Cancer. 1996 Mar 1;77(5):858-63. PMID: 8608475
(4) Lee JC, et al. Prognostic value of vascular endothelial growth factor expression in colorectal cancer patients. Eur J Cancer. 2000 Apr;36(6):748-53. PMID: 10762747
(5) Fontanini G, et al. Vascular endothelial growth factor is associated with neovascularization and influences progression of non-small cell lung carcinoma. Clin Cancer Res. 1997 Jun;3(6):861-5. PMID: 9815760
(6) Friedman HS, et al. Bevacizumab alone and in combination with irinotecan in recurrent glioblastoma. J Clin Oncol. 2009 Oct 1;27(28):4733-40. PMID: 19720927
(7) Zhou C, et al. BEYOND: A Randomized, Double-Blind, Placebo-Controlled, Multicenter,Phase III Study of First-Line Carboplatin/Paclitaxel Plus Bevacizumab or Placebo in Chinese Patients With Advanced or Recurrent Nonsquamous Non-Small- Cell Lung Cancer. J ClinOncol. 2015 Jul 1;33(19):2197-204. PMID: 26014294
(8) Hapani S, et al. Risk of gastrointestinal perforation in patients with cancer treated with bevacizumab: a meta-analysis. Lancet Oncol. 2009 Jun;10(6):559-68. PMID: 19482548
(9) Roohullah A, et al. Gastrointestinal perforation in metastatic colorectal cancer patients with peritoneal metastases receiving bevacizumab. World J Gastroenterol. 2015 May 7;21(17):5352-8. PMID: 25954110