目次

・議論の中心になる「CD69」とは何か?
・CD69は炎症反応において重要である
・CD69を持つ細胞が血管外に移動する仕組み
・発見された「Myl9/12」
・喘息治療への応用
・実用化はいつごろ?
・実用化させると、喘息治療はどう変わる?
・まとめ

議論の中心になる「CD69」とは何か?

前述の論文における、中心的なテーマの1つが「CD69」 です。

これは「CD抗原」と呼ばれる、白血球の表面にある、さまざまな抗原(表面マーカー)のうちの1つです。たくさんの種類がある中の69番目、という意味です。簡単に言えば、菌やウイルスとたたかう白血球の表面にある名札のようなものです。たとえば、CD3はTリンパ球という白血球の表面にあるマーカーで、CD56はNK細胞という白血球の表面にあるマーカーです。

CD69については、これまでも研究が行われてきました。病気に関することでいえば、組織の線維化、食物誘発性胃腸炎などに関与しているほか (3, 4)、ベンダムスチンという抗がん剤の効果を予測する指標としての有用性などが知られています (5)。

CD69は炎症反応において重要である

こうした研究の中で、CD69が喘息の発症に関係していることは、実は結構前からわかっていました (6)。喘息のほかにも、関節リウマチなどにも関係しています (6)。

これらの病気に共通する特徴として、組織の「炎症」が重要であることが挙げられます。炎症とは、風邪をひいたときにのどが赤くなる アレのことです。

同じようなことが、さまざまな原因で身体のいたる所で起きる可能性があります。ともあれ炎症に共通する症状として、以下の4つが知られています。

●赤くなる
●痛み
●熱を持つ
●組織の腫れ

これらを、「炎症の四大徴候」と呼んだりします (7)。CD69はこうした症状を起こすことに関係する物質です。

CD69を持つ細胞が血管外に移動する仕組み

このあたりまでは、すでに知られていたのですが、CD69を持つ細胞に関して、まだよくわかっていないことがありました。それは、次のことです。

CD69を表面に持つ白血球は、通常は血管の中に存在します。しかし、CD69が先ほど述べたような、炎症を起こすうえでは、血管から各組織へ移動しなければなりません。喘息であれば気管支、関節リウマチであれば関節への移動が必要ということです。

これまでは、血管から組織への移動がどのように行われているのかが、よくわかっていなかったのです。

発見された「Myl9/12」【CD69にくっつく能力を持つ】

今回の千葉大学の研究は、血管から組織への移動の際に重要なはたらきをする物質を突き止めた、ということです。

その物質は、「Myl9/12」と呼ばれるものです (2)。「Myl」とは、「Myosin light chain」の略で、日本語では「ミオシン軽鎖」などと訳します。ミオシン軽鎖にも、いろいろ種類があって、「Myl9/12」はそのうち9番目と12番目のものということです。

このMyl9/12は、血小板から放出され、血管の内部壁にくっつき、ネットのような構造を作ることが分かりました (2)。また、Myl9/12はCD69にくっつく能力を持っています (2)。

CD69を持つ細胞は、このMyl9/12ネット構造を「足掛かり」にして、血管から飛び出して、それぞれの組織へと向かうのです (2)。

喘息治療への応用【CD69とMyl9/12がくっつく過程を邪魔する】

これまでみてきたように、CD69とMyl9/12の結びつきは、CD69が血管から抜け出すこと、ひいては喘息における炎症に関係しています。したがって、最初にCD69とMyl9/12がくっつく過程を邪魔してやれば、喘息を防ぐことができます。

では、どのようにこれを行うかといえば、CD69とMyl9/12の結びつきを防ぐ「抗体」を投与すればよいのです。

「抗体」とは、免疫反応でよく聞く、病原体などをやっつける作用をもつ物質です (8)。この抗体は、人工的に作ることもでき、現在のバイオテクノロジーを駆使すれば、病原体よりもっと小さい、特定の物質にくっつく抗体も作成可能です (8)。

この場合、CD69とMyl9/12のどちらかにくっつくようにデザインした抗体を作って、投与すればよいことになります。

実際に、こうした抗体を作って喘息を持つネズミに投与したところ、喘息症状がまったく起こらなくなりました (1)。この実験で使った抗体は、ネズミ用なので、そのままヒトに投与するわけにはいきませんが、ヒトに使用可能な抗体も、すでに作成できているそうです (1)。

実用化はいつごろ?

こう聞くと、すぐにでも画期的な治療が受けられる、と思われるかもしれませんが、そう考えるのは早計です。

新しく開発された薬が、実際の医療現場で使用できるようになるには、「治験」と呼ばれる審査をクリアしなければならないからです。

こうしたことから、いかによさそうな薬でも、実際に使えるようになるまでにはかなり時間がかかります。この時間は、ケースバイケースで一概にいえませんが、昨今の医薬品開発状況から推察するに、市販されるには10年程度かかると思われます。

実用化させると、喘息治療はどう変わる?【CD69とMyl9/12の結びつきを止めても…】

ともあれ、この抗体医薬品が無事に発売までこぎつけたとしましょう。

しかし、これにより、喘息治療が劇的に変わるかといえば、個人的にはやや疑問に感じます。その理由は、次の通りです。まず、この抗体はおそらく注射剤になります。なぜなら、飲み薬にしても効かないと予想されるからです。

ホルモンや抗体など、大きな化学構造を持った物質は、腸から吸収することができません。インスリンを思い出してほしいのですが、あれが注射剤なのは、こうした理由によります。

そして、この抗体は、ある程度頻繁な投与を求められると思われます。なぜなら、抗体を投与してCD69とMyl9/12の結びつきを止めても、しばらくすると新しいCD69を持った白血球が生まれるからです。

こうしたことを考え合わせれば、何度も病院に行って注射してもらう必要が出てくる可能性が高いといえます。これは、患者さんにとっては結構な負担であり、実行するのは簡単でないでしょう。

また、薬の値段もかなり高くなると思われます。実際の負担額がどのくらいかは、今の時点では何ともいえませんが、これも患者さんにとってはハードルになるでしょう。

まとめ

■千葉大学のグループによる研究で、CD69を持つ細胞が、炎症組織に移動するメカニズムが明らかになった
■血管から組織への移動の際に重要なはたらきをする物質Myl9/12はCD69とくっつく能力を持つ
■CD69とMyl9/12の相互作用を防ぐ抗体は、喘息の治療薬となる可能性がある
■薬として実用化されるには、10年程度かかると思われる

参考文献

(1) http://www.chiba-u.ac.jp/general/publicity/press/files/2016/20160917.pdf
(2) Hayashizaki K, et al. Myosin light chains 9 and 12 are functional ligands for CD69 that regulate airway inflammation. Science Immunology 16 Sep 2016:Vol.1, Issue 3, pp. eaaf9154
(3) Liappas G, et al. Immune-Regulatory Molecule CD69 Controls Peritoneal Fibrosis. J Am Soc Nephrol. 2016 May 5. PMID: 27151919
(4) Wada T, et al. Increased CD69 Expression on Peripheral Eosinophils from Patients with Food Protein-Induced Enterocolitis Syndrome. Int Arch Allergy Immunol. 2016 Sep 6;170(3):201-205. PMID: 27595267
(5) Montraveta A, et al. CD69 expression potentially predicts response to bendamustine and its modulation by ibrutinib or idelalisib enhances cytotoxic effect in chronic lymphocytic leukemia. Oncotarget. 2016 Feb 2;7(5):5507-20. PMID: 26701728
(6) 長谷川明洋・中山俊憲 免疫炎症疾患におけるCD4T細胞の役割:新展開-抗炎症治療ターゲットとしてのCD69- Jpn J Clin Immunol. 2010 33(4);189-195.
(7) 赤池昭紀 他 疾患別薬理学第4版 廣川書店
(8) 矢野明彦 他 医学・薬学のための免疫学 東京化学同人