1.重症筋無力症とは?

1-1. 重症筋無力症ってどんな病気?

筋力低下と易疲労感が主症状で、段々眼や手足の筋肉に力がはいりにくくなる、疲れやすい、などの症状を主体とする病気です。 5歳前後の小児と、中年から高齢者に発症のピークがあります。有病率は人口10万人あたり11人程度、日本には15,000人ほどの患者さんがいるといわれています。

 

1-2. 重症筋無力症の症状

重症筋無力症とはどんな病気なのか、まずは症状からみていきましょう。

重症筋無力症は多くの場合、眼瞼下垂(目ぶたがたれてくること)、複視(両目でみると物が二重に見えること)などの眼の症状で始まります。

他の症状としては、頸の筋力が低下するために、首を支えていることができず、頸が前や後ろに倒れてしまう首下がりを起こすことがあります。また、のどの筋肉の筋力が低下して、構音障害・嚥下障害などが出現することがあります。

 

易疲労性は手足などの筋肉に何度も力をいれるようなことを繰り返すと、普通の人よりも疲れやすく、力がはいりにくくなってくる症状ですが、休息により症状が改善します。一日の中でも変動があり、午前中は良かったのに、夕方になると症状が強くなるという特徴があります(日内変動)。

 

顎の筋肉も疲れやすいので、長く噛んでいることができなくなることもあります。

 

このように、最初は眼、首回り、肩のあたりの筋肉から症状が出ることが特徴的なのですが、症状が拡がってくると、全身の手足の筋力低下、易疲労性が出てきます。眼筋のみに症状が限局するものを眼筋型、構音にかかわる筋や、頸部・四肢筋など体幹に症状が及ぶタイプを全身型と呼んでいます。

 

眼筋型でとどまる例も30%ほどありますが、2年以内に眼筋型の50-60%は全身型に移行していくとされています。

 

重症筋無力症はいかにも全ての患者さんが”重症”であるという印象があるのですが、軽症から重症まで様々な症例があります。重症例になると横隔膜など呼吸筋にも筋力低下や易疲労性が及びます。そうなると急激に呼吸困難、球麻痺(舌やのどの筋肉の力が弱くなり、言葉が不明瞭になったり、食物を飲み込みにくくなるなどの症状を来す状態)が進行するため、人工呼吸器などの呼吸管理を必要とする状態になることがあり、クリーゼと呼んでいます。

 

 ”重症”という病気の名前は、かつて重症化した例でクリーゼが起こりやすく、死亡の原因にもなり恐れられていた名残りです。現在では、治療の進歩とともに重症の呼吸障害をきたす例は少なくなってきています。ただクリーゼは今でも経過中10-15%の症例で見られるとされ、注意しなくてはならない病態であることは変わりがありません。

 

1-3. 重症筋無力症はどうして起きる?

私たちは筋肉を動かす際、その指令が脳から末梢神経の末端までは電気信号(インパルス)として伝わっていきます。脳からの運動命令を受けた脊髄の下位運動ニューロンに生じたインパルスが、運動神経の線維(軸索といいます)を神経終末部まで伝わると、末端で神経伝達物質であるアセチルコリンという物質が放出されます。

 

これが今度は筋肉の側の受容体(アセチルコリン受容体)に結合してくっつくと、筋肉にスイッチがはいり筋肉が収縮するのです。

 

重症筋無力症では、アセチルコリンの受け手であるアセチルコリン受容体がこわれたり機能障害を起こすため、筋力の低下や筋肉の疲れやすさが生じると考えられています。つまり神経筋接合部で神経から筋への伝達が悪くなることで、眼筋や顔面・手足の筋力低下と易疲労性をきたすのです。

 

重症筋無力症では、なぜアセチルコリン受容体がこわれたり機能障害をおこすようなことが起きるのでしょうか。重症筋無力症の症例の約80-85%の症例で神経筋接合部のアセチルコリン受容体に対する抗体(抗アセチルコリン受容体抗体)が検出されることが知られています。

 

抗体は、本来は細菌やウイルスなど外来性の病原菌や異物を攻撃して駆除するために白血球が作り出すタンパク質ですから、通常は自分の体の成分に対しては作られません。ところが免疫系の調子が狂うと、自分の体の成分に対して抗体が作られるようになってしまうのです。このように自分の体に対して免疫系が攻撃をする病気を総称して自己免疫疾患と呼んでいますが、重症筋無力症の場合も免疫系の調子がおかしくなり、アセチルコリン受容体に対する抗体が作られるようになると考えられます。

 

この抗体により受容体の機能が悪くなったりこわれたりすると、神経末端からアセチルコリンが放出されても十分に働くことができなくなり、筋肉が十分に収縮しなくなったり、筋肉の収縮を繰り返した際に筋肉が疲れやすくなる症状が出てくるというわけです。

 

その後アセチルコリン受容体抗体が陰性の症例も知られるようになってきましたが、これらの症例では他の新しい種類の自己抗体が見つかるようになってきています。

 

例えば抗筋特異的チロシンキナーゼ(MuSK)抗体、LDL 受容体関連タンパク4(Lrp4)、電位依存性K チャネル(Kv1.4)に対する抗体がみられる症例が知られるようになっており、基本的には共通の症状も多いものの、それぞれ症状・病態や治療が若干異なることもわかってきています。例えば全体の5%くらいの重症筋無力症の患者さんでは抗MuSK抗体がみられるのですが、抗アセチルコリン受容体抗体が陽性の患者さんに比較して、嚥下障害やクリーゼの頻度が高いと言われています。

 

免疫系の調子がおかしくなると言いましたが、なぜこのような自己抗体が患者体内で作られるようになるのでしょうか。

 

その理由は、いまだにはっきりしていません。抗アセチルコリン受容体抗体を持つ患者さんの約75%に胸腺の異常(胸腺過形成、胸腺腫)がみられることが知られています。胸腺は白血球のうちT細胞というリンパ球が成熟する場所なので、胸腺の異常が何等かの免疫系の異常と関連していると考えられます。実際、後で述べるように胸腺を摘除すると重症筋無力症の症状がよくなる症例もあることが知られてきました。

 

1-4. 重症筋無力症の予後は?

重症筋無力症は一般に自然に軽快する病気ではありません。

 

確かに、眼筋型の症例の一部は、眼以外に症状が広がらず、症状も大きく変わらないこともありますから、その場合は後で述べるように対症療法で様子をみていくこともあります。しかし一般に重症筋無力症は、きちんと治療をしないで様子をみていると、徐々に症状が悪化して全身に拡がっていくことが多いのです。

 

時にはクリーゼを起こすまで重症化してしまうこともあります。重症筋無力症は単に筋肉のみの問題なのではなく、上述のように免疫の異常が根底にあって、そのために筋力が低下したり、易疲労感が出たりするので、この免疫の異常をコントロールしないと、症状が拡がったり悪化するのです。ですから、上でのべたような症状がでてきたときは、きちんと診断し、治療していくことが大切なのです。

 

治療法が進歩したおかげで、現在は”重症”筋無力症というおどろおどろしい病名とはうらはらに、早期に治療を開始すれば良好な経過をとる例が多くなってきています。ステロイド薬や免疫抑制薬を服用し続けなければいけない患者さんもいますが、少ない量で病状がコントロールされていれば健常人と何ら変わることの無い生活を送ることが出来るようになっています。

 

かつてはクリーゼなどを起こす症例も多かったのですが、現在では 重症化する症例も少なくなってきています。一般に同じ治療でも、発症してから治療開始までの期間が短い方が、症状改善の程度や予後がよいとされています。従って診断も治療も早めに行う必要があります。

 

2.重症筋無力症の治療

2-1. 治療の方法は?

重症筋無力症の治療はどのように行われているのでしょうか。ここでは主に成人の重症筋無力症の治療について、以下に解説していきます。

 

大きく分けて重症筋無力症の治療には、神経筋接合部における伝達を改善する治療と、自己免疫の病態を改善する治療の二つがあります。前者は症状の一時的な改善にはよいのですが、長期的に病気を安定させるには後者の治療が必要になります。眼筋型では前者のみの治療でもよいのですが、全身型の重症筋無力症では後者の治療が必要になります。

 

2-2. 重症筋無力症のさまざまな治療

①アセチルコリンエステラーゼ阻害薬

神経筋接合部においてアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼという酵素を阻害する薬です。これにより神経筋接合部におけるアセチルコリンが分解されにくくなり、神経筋の伝達が改善することによって、筋力の低下や易疲労性などの症状が改善します。軽症例ないし眼筋型の場合は、コリンエステラーゼ阻害薬としてピリドスチグミン臭化物(メスチノンⓇ)、アンベノニウム塩化物(マイテラーゼⓇ)などが用いられます。ただし薬の効果が消えると症状はもとに戻ってしまいます。病気を根本的に治療しているわけではないので、対症療法ということになります。薬の効果も限定的で、満足できるような治療効果が得られるのは20-50%といわれています。

 

②副腎皮質ステロイド

抗体の産生を抑制する治療としては、ステロイド、免疫抑制薬(後述)があります。とりわけ全身型の場合、経口ステロイド投与を行うのが標準的な治療法とされています。

 

ステロイド治療は、従来、経口ステロイドを高用量で十分な効果が得られるまで維持し(1~3か月)、改善後はゆっくり漸減する方法が広く行われてきました。この間、全体で数か月のステロイド経口内服が必要になります。

 

以下で述べるように、胸腺摘出を行ってから、あるいは同時並行的にステロイド投与を行う場合もあります。治療の途中で一過性に症状が悪くなる場合もあるので注意が必要です(初期増悪)。これをできるだけ避けるため、ステロイドは少量から徐々に増量し、最大用量になったら再び徐々に減量をしていく漸増法がよく用いられています。

 

長期の経口ステロイド治療の問題点は、肥満、高血圧、糖尿病、骨粗しょう症、易感染性、消化性潰瘍など様々な副作用があることです。そこで最近はこの治療も見直しが行われています。

 

例えば経口ステロイド治療を避けるため、短期間に大量のステロイドを点滴するステロイドパルス療法や、免疫グロブリン大量静注療法(後述)などにより症状をコントロールする方法も用いられるようになってきています。間欠的にステロイドパルス療法を繰り返すことで、重症筋無力症の症状が改善し、その後の経口ステロイドの量を減らすことができることも報告されています。

 

③手術療法

重症筋無力症では、胸腺腫という腫瘍が胸部の前部にみられやすいことが知られています。胸部CTなどの検査で胸腺腫がみつかれば原則摘除することになります。ただ腫瘍ではなく、胸腺にリンパ球成分が入り大きくなる場合もあります(胸腺過形成)。

 

この場合も、胸腺腫を摘除すると重症筋無力症の症状が改善する例が多いことが経験的に知られてきたため、胸腺腫がない場合にも重症筋無力症の治療のため胸腺摘除が行われる場合があります。胸腺摘出を行っただけで、ステロイド療法を行う前から症状が改善することがあります。この治療は、とくに発症後間もない、抗アセチルコリン受容体抗体陽性の若年例では効果があるとされており、胸腺摘出してからステロイド療法を使うという方法が行われます。

 

しかし最近は多くの検討がなされた結果、胸腺腫を認めない場合は、いつも胸腺摘出を行えばよいわけではないことがわかってきました。とくに中年から高齢の重症筋無力症の患者さんでは、胸腺摘出の効果がそれほど期待できない場合があることもわかってきており、適応は従来よりも限定的になってきています。また重症筋無力症のタイプによっても治療効果が異なります。例えばMuSK 抗体陽性の症例では、胸腺摘出の効果はないとされています。

 

④その他の治療

クリーゼでは気管内挿管による気道確保と呼吸管理が重要となることがあります。各種の治療にも関わらず急激な悪化のみられる症例では、血漿交換療法や経静脈的免疫グロブリン大量静注療法が用いられることもあります。

 

ここで血漿交換療法とは、血液をいったん体外に取り出し、血漿分離器で血球成分と血漿成分に分離した後に、病気の原因と考えられる物質を含む血漿を取りだし、それと同じ量の健常な方の血漿(新鮮凍結血漿)を入れて置き換え、身体に戻す治療です。つまり病気の原因となる抗体などの物質を取り除く治療ですが、大がかりな装置が必要になります。

 

免疫グロブリン大量療法とは、文字通りIgGという免疫グロブリン(抗体)を大量に静脈投与する治療法で、各種の自己免疫性疾患に用いられています。中等症から重症の重症筋無力症に有効とされています。免疫グロブリンを大量に投与することで、重症筋無力症で生じる自己抗体の作用を抑えたり、マクロファージのFcレセプターという受容体に、投与した免疫グロブリンと結合することによって、マクロファージの活動を押さえる作用など、いろいろな効果があるとされていますが、症状が改善する理由はまだ十分にわかっていません。

最近、全身型 MG に対する強力治療として、血漿交換療法 とステロイドパルス療法を併用し症状を短期間に改善させるような治療法が試みられています。但し、これらの治療法は症状が増悪したときに症状を改善させるための治療であり、投与後もずっと持続的な効果を期待するものではありません。

 

ステロイドのみの治療で症状の改善を認めない治療困難な症例では、タクロリムスやシクロスポリンなどの免疫抑制剤が用いられることもあります。これらの薬剤を用いることにより、経口ステロイドの量を減らし、長期投与による副作用を軽減する効果もあります。

 

3.治療との向き合い方

早期診断・早期治療が行われるようになったため、一般に予後は比較的良好になってきました。約半数の患者は、発症後に日常生活や仕事の上で支障のない生活を送ることができます。さらに、8 割程度の症例では発病前と同じ程度までに症状が回復するとされています。

 

しかし完治する(完全に薬物治療が必要なくなる)場合は少なく(6%程度)、完治する場合でも年単位の時間を要することが多いのです。その他の患者さんはステロイド、免疫抑制剤による治療を継続しています。一方で、治療によってもあまり改善がなく、生活に制限が残り介助を必要とする患者さんも10%程度にいます。また上で重症筋無力症には胸腺腫が合併することが多いと言いましたが、再発や転移がみられる悪性度の高い胸腺腫が合併した場合には、全摘が難しいので、放射線や化学療法などが行われます。

 

このような症例では予後が悪いです。患者さん本人、ご家族とも、このような状況を念頭にいれて治療をおこなっていくことが重要です。

 

4.おわりに

重症筋無力症がどんな病気か、どんな治療が行われるかお分かりいただけたかと思います。かつてはクリーゼを起こすことが多く恐れられていた病気ですが、現在は治療法の進歩のおかげで多くの症例では症状のコントロールが可能で、一般に予後がよくなっています。

 

しかしそのためには、早期に診断し、治療を早めに始めることが大切です。重症筋無力症の症状がでても、単に”年齢とともに疲れやすくなっただけ”と自己判断して放っておくと、どんどん症状がひどくなったりして大変な事態になることもあります。はじめのほうで述べたような症状があれば、神経内科など専門の診療科のある病院にかかって早めにきちんと診断を受け、重症筋無力症であればしっかり治療することが大切です。