1.妊婦と吸入ステロイド薬

1-1. 過去の悲しい経験

かれこれ10年前になりますが、私は研修医の頃、不幸な患者さんを診たことがあります。それは30代の妊婦さんでした。彼女は、もともと気管支喘息をもっていました。

 

妊娠したことをきっかけに「吸入ステロイド薬なんか使ったら胎児奇形になる」と言われ、それ以降まったく吸入しなくなったというのです。

 

彼女は、妊娠24週で気管支喘息の重積発作を発症して救急搬送されてきました。

 

私は当時研修医でしたから、救急救命医の指導医が必死に助けている横でサポートをしていました。あまりに喘息が重篤で、残念ながら母体と赤ちゃんの両方とも助けることができませんでした。

1-2. 吸入ステロイドの重要性

吸入ステロイド薬には色々なタイプの製剤がありますが、基本的に毎日吸入することで気管支喘息をコントロールする目的があります。

 

もっとも重要なのが、毎日吸入し続けることです。喘息がちょっとよくなったからといってやめるのが一番よくありません。

たとえ妊娠を控えていなくても、私は少なくとも3ヶ月~半年は発作がないことを確認してから少しずつ吸入量を減らしていくよう心がけています。

 

気管支喘息に対する吸入ステロイド薬は、地味な薬剤に見えますが、気管支喘息のコントロールにとって吸入ステロイド薬がもっとも重要と言っても過言ではありません。

 

日本の喘息のガイドラインでは、最も軽症であるステップ1という状態であっても気管支喘息の治療は吸入ステロイド薬が第一選択とされています。 1)

これはこれまで蓄積された吸入ステロイド薬の医学的根拠に基づいています。ゆえに、吸入ステロイド薬を長期管理薬として使わない気管支喘息治療は、絶対にありえないのです。

 

気管支喘息のある患者さんが妊娠をすると、それだけで気管支喘息は悪化しやすくなると言われています。妊娠したばかりの頃に吸入ステロイド薬を中断しても、しばらくは発作が起きません。しかし、妊娠後期に気管支喘息発作が出始めるという事態になりかねないので注意が必要です。

2.吸入ステロイドは、胎児奇形になりません

私がおそれているのは、妊婦の何割かは吸入ステロイド薬を自己判断でやめてしまうことです。

 

冒頭の症例は、「胎児奇形になる」とおどかされて中断した腹立たしいケースですが、実際のところは「胎児によくない」と自己判断で吸入をやめてしまう方が多いです。

 

中には主治医にだけ「ちゃんと吸っています」とウソの申告している人だっています。

 

これは多くの薬剤に当てはまることですが、妊娠中に薬剤を使用すると催奇性のリスクが高くなります。

 

胎児奇形を起こすリスクがあるということです。ただ、なんでもかんでもダメというわけではなく、薬によって安全に使えるものとそうでないものがあります。吸入ステロイド薬はほぼ安全に使用できます。むしろ、妊娠を契機に中止するリスクの方が赤ちゃんにとってダメージが大きい。

3.授乳婦にも吸入ステロイド薬は安全に使えるのか?

気管支喘息の治療薬が母乳に入る可能性はありますが、その量は極めてわずかとされています。そのため、新生児や乳児に影響が出る可能性はほとんどありません。

 

つまり、女性の生涯で吸入ステロイド薬を中止しなければならない期間というのはありません。

4.子どもにも吸入ステロイド薬は安全に使えるのか?

子どもにステロイドなんてよくないと躊躇する母親がいると思います。しかし、子どもの気管支喘息に対しても、吸入ステロイド薬は重要な長期管理薬です。

多くの喘息の子どもに対して、リスクを上回る利益をもたらすとされており、少なくともぜえぜえとしんどい状態にしておくリスクの方が圧倒的に高いことは言うまでもありません。

吸入ステロイドは身長に影響を与える?

「吸入ステロイド薬の使用で身長が伸びなくなる」という話を聞いたことがある方もいるかもしれません。実際に吸入ステロイド薬の使用によって身長が少しだけ低くなると報告されています。2

とはいえ、将来的に1cm程度身長の伸びが少なくなる可能性がある程度です。1cmの身長とつらい喘息人生を天秤にかけたとき、身長が取るに足らない副作用だということは明白です。

5.まとめ

・妊婦の喘息は吸入ステロイド薬によるコントロールが重要である。
・ 妊婦・授乳婦の喘息に対する吸入ステロイド薬は安全に使用できる。
・子どもの喘息に対する吸入ステロイド薬は身長に軽度の影響を与えるかもしれないが、長期管理薬として必須である。

 

(参考文献)
1) 一般社団法人日本アレルギー学会 喘息ガイドライン専門部会. 喘息予防・管理ガイドライン2015.
2) Pruteanu AI, et al. Inhaled corticosteroids in children with persistent asthma: dose-response effects on growth. Cochrane Database Syst Rev. 2014 Jul 17;7:CD009878.